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【1】生殖補助医療(ART)とは
体外受精・胚移植など、生殖に関わる技術を総称して生殖補助医療(asslsted reproductive technology : ART)と呼びます。1978年に体外受精・胚移植が不妊症の治療法として登場し、イギリスで体外受精児第1号が誕生したところが始まりと言われています。
その後、体外受精・胚移植の技術の改善や関連した新しい技術が次々と開発され,不妊症の治療法は飛躍的に発展し、
日本では1982年から体外受精・胚移植が臨床応用され、現在では大病院から一般の診療所まで幅広く行われています。生殖補助医療は難治性不妊症に対する重要な治療法として位置付けられています。
【2】自然妊娠の成り立ち
自然の妊娠では性交で射精された精子が膣と子宮を通って卵管に達し、排卵された卵子とひとつになって受精が成立します。
【3】体外受精・胚移植の適応
1.絶対的適応
①両側卵管の器質的障害
②精子過少症
2.相対的適応
①両側卵管の機能障害:薬物療法,卵管形成術の奏効しないもの
②精子異常:数個の人工授精で妊娠しないもの
③子宮内膜症:薬物療法,手術療法の奏効しないもの
④頸管因子による不妊
⑤原因不明不妊:不妊期間が3年以上で積極的治療を行っても妊娠しないもの。抗卵,抗精子抗体を含む。
受精卵が卵管の運動によって子宮内に輸送され、排卵してから約1週間後に子宮内膜に付着・癒合(着床)すると妊娠が成立します。
体外受精・胚移植を受けることができる患者さんは,表に示したような方です。
体外受精は卵管障害を対象として始まりましたが,他の不妊原因に対しても治療が十分行われた延長線上の治療法として適応が拡大しました。
生殖補助医療以外の治療で妊娠できる可能性があるものでも,いたずらに治療の反復で経過を遷延させることは望ましくなく,安直に生殖補助医療へ誘導するべきでもありません。
一般的な治療法を十分試みた上で妊娠が成立しない場合は,治療歴や年齢を考慮に入れ,タイミングを逸することなく生殖補助医療へ移行することが重要です。
【4】体外受精・胚移植の概要
体外受精・胚移植では,卵巣刺激により複数個の成熟卵胞を発育さぜ,採卵術によりそれぞれの卵胞から卵子を採取します。卵子は運動精子とともに培養されます。
この結果,受精が確認された卵はさらに培養を続け,分割卵(胚)として子宮内に経膣的に移植されます。移植された胚が子宮内膜に着床すると妊娠が成立します。
【5】体外受精・胚移植の実際
1.卵巣刺激
体外受精では効率よく治療を行うために,一度の治療で複数個の成熟卵子を受精さぜ,培養することが必要です。
そのためにGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)アゴニスト製剤,GnRHアンタゴニスト製剤,FSH(卵胞刺激ホルモン)製剤,hMG(ヒト閉経期性腺刺激ホルモン)製剤,hCG(ヒト絨毛rl生性腺刺激ホルモン)製剤を用いた卵巣刺激を行います。
主な薬剤には,GnRHアゴニヌト製剤として酢酸ブセレリン,GnRHアンタゴニスト製剤として酢酸セトロレリクスなどが用いられます。卵巣刺激はいくつかの方法がありますが,最も多く用いられ,成績も良好な方法を示します。
①GnRHアゴニスト併用法ではスプレキュア(R)を治療前周期の黄体期中期からhCG投与前日まで連日投与します。これは自律性の卵胞発育を抑制し,外因性ゴナドトロピンによる卵巣刺激を効果的なものにするためです。また,アゴニストとアンタゴニストはともに卵胞の早期黄体化を抑制し,採卵前の排卵を阻止する効果があります。
②治療周期の月経が発来したら,フォリスチム(R)などの連日注射を開始して複数の卵胞発育を促します。これにより両側卵巣に複数の卵胞が育ちます。
③充分な卵胞発育を確認した後,hCGを投与して卵の最終的な成熟を促します。
④hCG投与の35時間後に採卵を行います。
⑤採卵翌日に受精確認し、採卵後2~6日後に胚を子宮に戻します(胚移植)。また移植後も胚の着床を促進させるためにhCGやプロゲステロン製剤を投与します。
2.採卵術
体外受精・胚移植における採卵は,経膣超音波ガイド下に行われます。
経腔超音波プローブを腔内に挿入し,超音波断層画面を見ながら卵胞を穿刺し,卵胞液とともに卵子を吸引,採取する万法です。
両側卵巣の各卵胞のほとんどを穿刺吸引して終了します。
卵子は採取した液の中から顕微鏡下に見つけます。
麻酔は静脈麻酔や腔円蓋部への局所麻酔が用いられます。
採卵後は2~3時間安静にし,腹腔内出血がなければ帰宅できます。
3.媒精と培養
①媒精
採取された卵から体外受精卵を得るために夫の精液から運動精子を効率よく回収し,培養
液中で卵子と混ぜ含わぜます。この処理を「媒精」といいます。
②受精卵の培養
精液から集めた運動精子と卵子は培養器の中で培養され,16~18時間後に観察して受精の判定を行います。正常に受精した卵(胚)は,さらに培養を続けて育てます。
4.胚移植
体外受精・胚移植では採卵の2日後に2~8細胞期の胚を移植するのが一般的です(初期胚移植)。
一方,着床率を向上させるために,最近では媒精5~6日後の胞胚期まで胚の培養を行ってから移植する方法が開発され,良好な成績が報告されています(胚盤胞移植)。
胚を移植するときは柔らかい移植用チューブに少量の培養液とともに胚を吸引し,子宮頸管を経て子宮腔内に挿入し注入します。
移植の精度を上げるために膀胱を生理食塩水で充満させ経腹超音波で観察しながら胚移植を行います。
治療後は,合併症の発生に注意をはらいながら普段通りの生活ができます。
この間,着床を促進する目的でhCG製剤やプログヌテロン製剤の投与を行います。
移植後2週間ほど高温相が続けば妊娠している可能ll生が高く,妊娠確認検査を行います。
5.顕微授精
体外受精は軽度の乏精子症に対して良好な成績が得られますが,高度の乏精子症や精子無力症においては媒精しても受精卵が得られないことが少なからずあります。
また精液所見が正常でも,体外受精では全く受精卵の得られない症例も存在します。
このような症例に対しては顕微授精(卵細胞質内精子注入法;ICSI:intracytoplasmic sperm injectlon)が行われます。
この方法では射精精子のみならず精巣上体や精巣から外科的に採取した精子を用いることも可能です。
一般に受精率は50~70%であり,操作により10%程度卵子が損傷し変性しますが,顕微授精により受精した胚移植の成績は体外受精・胚移植に劣らず良好な成績が得られます。
●移植胚数について
移植胚の数の増加に伴い妊娠率は高くなりますが,一方で周産期管理が困難になる多胎の頻度が増加します。多胎妊娠は母体の合併症や早産の危険性が高いため,生殖補助医療に伴って発生ずる多胎を減少させることが近年の重要な課題となっています。多胎を防ぐために日本産科婦入科学会では「移植する胚は原則として単一とする。ただし,35歳以上の女性,または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては,2胚移植を許容する。」と決めています。
【6】無精子症に対する生殖補助医療(ART)
男性不妊症の原因には,精巣に障害はなくても精子の輸送路の通過障害があるため精液の中に精子が存在しない閉塞性無精子症があります。閉塞性無精子症のなかには手術で精路の再建が可能な症例もありますが,精路の再建が困難な症例には以下の方法で精子を採取し,生殖補助医療(ART)で用いることが可能です。
1.精巣上体から精子を採取する方法
①MESA(microsurgical epididymal sperm aspiration)
顕微鏡下に精巣上体管を穿刺または切開して精子を吸引採取し,これを用いる方法です。
切開は約4cmと大きいが,多数の精子の回収が可能で,血液の混入も少ないものです。
②PESA(percutsneous epididymal sperm aspiration)
局所麻酔下に精巣上体を針で穿刺して精子を吸引採取する方法。出皿・癒看の危険性がありますが,外来で短時間に行えます。
2.精巣から精子を採取する方法
①TESE(testicular sperm extraction)
MESAを行っても精子が回収できない症例,精巣上体の欠損した症例,非閉塞性無精子症でも精巣生検で精子の存在が確認された症例などでは,精巣内の精子を採取して顕微授精に用いられます。精巣内精子は精巣上体を通過していないので,透明帯通過能や卵細胞膜融合能を有していない可能性があるため,顕微授精(ICSI)を行います。
②TESA(testicular sperm aspiration)
PESAと同じく,針を刺してごく少量の精巣組織を採取する万法。
微量の精子しか採取されまぜんが,最も侵襲の少ない方法です。
【7】胚の凍結保存
体外受精の卵巣刺激からは1周期あたり5~10個の採卵が可能ですが,日本産科婦人科学会の会告では移植胚数は原則1個,条件により2個までとされており,その場合移植されず余った胚は凍らぜて液体窒素の中で保存し,新しい周期の適切な時期に融解して移植することが可能です。
液体窒素中で胚は半永久的に保存可能ですが,胚の保存期間は各施設ごとに設定されています。
【8】体外受精・胚移植の合併症
①卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は排卵誘発に伴って生じます。
軽~中等症では経過観察でよくなりますが,重症化すると腹水・胸水が貯留し,血液濃縮が進むと,時に血栓症(脳梗塞,心筋梗塞など)を起こすこともあり適切な管理が必要です。胚移植周期の約2~5%に入院管理を要するOHSSが発症します。
卵巣過剰刺激症候群は妊娠成立に伴ってより重くなる危険性があるため課卵後の状態によっては新鮮胚の移植を中止し,すべての胚をいったん凍結保存することもあります。
②骨盤内感染
採卵時に雑菌が骨盤内に入ると,骨盤腔や卵巣周囲に細菌感染を起こし膿瘍を形成するような骨盤腹膜炎を起こす可能性があります。清潔な操作と抗生物質の投与により予防します。
③腹腔内出血、卵巣出血、膀胱出血
卵巣および腹膜を経膣的に穿刺する採卵術では,卵巣出血などによる腹腔内出血や経膀胱的な卵巣穿刺による膀胱出皿を生じる可能性があります。大部分の症例ではこれらの出血は自然に止血しますが,稀に多量出血に至ることがあります。
【9】治療結果について
体外受精・胚移植など生殖補助医療(ART)の治療結果は下記のとおりとなっています。
①子宮外妊娠
子宮外妊娠は妊娠例に対し2~7%の頻度で発生するといわれています。
特に卵管因子の不妊症例で多く発生します。
②染色体異常
染色体異常児の頻度は1~2%であり,自然妊娠での頻度と差はないと考えられます。
また先天異常の種類も自然妊娠と同様であり,特徴的なものはありません。
③年齢別治療成績
生殖補助医療の治療成績は加齢と共に低下するといわれています。